【Let’s think】『3年A組ー今から皆さんは、人質です』最終回を見て思ったこと/考察

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毎週日曜の

22:30〜の枠で放送されていた菅田将暉主演の「3年A組」が3月10日に最終回を迎えた。
ちょこちょこではあるが見ていた一視聴者として思ったことを簡単に書き留めておきたい。


※以下ネタバレが含まれる可能性があります※
※あくまで個人的な意見です※
※全話を視聴していないので、断片的な捉え方になっている可能性もあります※
※画像はすべて公式HPから引用しております。※
https://www.ntv.co.jp/3A10/

 

 

 

 

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①使い古されたテーマであること

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”生徒を人質として学校に立て籠もる”という設定はとっかかりとして確かに面白いものだった。そして物語が進むにつれて二転三転するシナリオに視聴者も引き込まれていったに違いない。
ただ、最終的に菅田演じる柊が架空のSNSで訴えるメッセージは平たく言うと「優しくなろう」というもの。おまけに生徒たちもこの事件を通して改心した模様。
これはいかん。所謂学園モノのラストと同じではないか。
ラストシーンにSNSに罵詈雑言を投稿しようとしていた少年が思いとどまるシーンがあったのも個人的には好きになれなかった。
確かに、柊の叫びとも言えるライブ配信のシーンは鬼気迫るものがあったし、訴えかけてくるものはあった。ただ、それは「ドラマの中の主張だから」という前提条件があって成立していたとも言えるように思う。要するに何が言いたいかというと「確かに!SNSとはいえ発言には気をつけなきゃ」と感じる割合よりも「いやいやとは言え、人はそんな簡単に変わらないでしょ笑」と感じる割合のほうが圧倒的に多いのはないか、という話である。極端な意見を言うのなら「こういった作品や主張で変わるのならとっくに変わっている」というわけだ。
こうした意見を穿った見方と捉えられても仕方ないとわかっていながら、この文章を書いているので、そこはわかっていただきたい。

 

②なぜ生徒たちを全員人質に取る必要があったのか

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最終的に持って行きたかった結末から考えれば、話題になることは必須のため、「よりメディアに取り上げてもらうためだった」といえばそれまでだ。ただ、例えばクラスの10人を学校に幽閉し、同じストーリー展開にしても、「このドラマは成り立っていたのではないか?」という疑問も残る。一見クラスの生徒ひとりひとり全員にフォーカスしていたようにも見えなくもないが、そんなはずはない。検証は行なっていないため肌感覚になってしまうが、セリフこそあるものの、ストーリーに直接絡んでいなかった生徒もたくさんいたはずだ。とするなら「なぜ?」と思ってしまうのは自然なことであり、素人目に考えると「これから各事務所が売り出していきたい若手を纏めて出演させたい」といったところではないだろうか。金八、ごくせんシリーズの制作が止まっている昨今、そうした場がないのも確かだからである。実際このドラマから羽ばたいていく面々もいるだろう。一方で画をもたせる為に、主軸には既に売れている俳優陣が据えられていることも自身の考えに信憑性を持たせてくれる。とはいえ、菅田将暉の演技は変わらない安定感があり、脇を固める椎名桔平大友康平も好演していたことが最終的にはドラマとしての評価を大きく引き上げていたのは言うまでもない事実だろう。だからこそA組の生徒たちの演技が妙に浮いて見えてしまうこともあった。

 

③ラストシーンがあっさり

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柊が病魔に冒されているのは物語の途中から重要な要素として登場していたが、最終回では
架空SNSで柊がライブ配信ですべてを告白

飛び降りる柊の腕を茅野が掴む

景山飛び降りの場面をフラッシュバックするが、手を離さず耐える

間に合ったクラスメートたちが柊を引き上げる

柊逮捕で事件解決

高校を卒業した生徒たちが高校で告別式?を行う

「ブッキーあれから1年も戦ったもんね」
???
ブッキーあれから1年も戦ったもんね?なんでそんな情報最後に入れてくる?話に関係ないやん。
口調が変わったが、そのくらい締め方が意味不明だった。このシーンを入れるなら逮捕シーンとSNSへの投稿をやめるシーンだけでよかった。
柊の配信がピークなのは誰の目にも明らかだっただけに蛇足感は拭えない。何のための病設定だったのか。
ただ週を追うごとにやせ細っていく菅田の役作りには驚かされた。

news.nifty.com

 

SNSいじめという誰にでも起こりうるテーマ設定

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本作の中心に据えられていたテーマであるSNSいじめ。厳密にはフェイク動画や大学との癒着、贈賄なども絡んではいるが、景山自殺の直接的な原因となったのは、ドーピングを行なっていたという偽の噂とそれに対する誹謗中傷。作品を通して柊は言葉の持つ力について語っていたが、これはなにもドラマの中だけの話ではない。スマホが普及し、いつでも、誰でも、誰とでも簡単に繋がることができる現代では、ある日突然自分に矛先が向けられる可能性を孕んでいる。特に多感な中高生であればその確率も悲しいことかもしれないが飛躍的に上がるだろう。また、「たかだかそんなことで」と感じる大人も多々いると思うが、彼ら彼女らにとっては学校での生活がすべてであり、友人がすべてなのである。(勿論当てはまらない人がいることもわかっている)あとから振り返れば「小さなことだった」と記憶を上書きすることもできるかもしれないが、その瞬間を生きる彼ら彼女らには難しいのは明白だ。さらに言えば、SNSでなくともこうしたいじめまがいの関係性は、ご近所付き合いやママ友同士、習い事、職場など、どこにでも存在している。自分の親や子供、友人にまで範囲を広げれば、例外はないに等しいだろう。人は自分の身に起きて初めて物事を自分事として考え始めるが、あなた自身もそうした現実に直面していないのであれば、当たり前の幸運を少しでいいから考えてみてもいいのかもしれない。

 

 

ナイフを刺せば、血が出る。痛みも伴う。

場合によっては、命も奪える。当たり前のことだ。

でも今の社会は、こんな当たり前のことに、気がつく暇もないくらいに、

忙(せわ)しく回り続けてる。

相手に何をしたら傷付くのか、何をされたら痛むのか、

お前たちには、それに気付かない感情が麻痺した大人には、なってほしくなかった。

想像力を働かせて、自分の言葉や、行動に責任を持つ。

決断をする前に、踏みとどまって、これが本当に正しいのかを、問い正す。

そんな誰もがわかっているのに出来ていない。

考えることの大切さを、みんなには、伝えたかった。

景山が気付かせてくれたんだな。俺はまだ何もしてない。

教師を名乗りながらも、まだ、何も教えてないって。

みんなには、怖い思いをさせて、本当に申し訳なかったと思ってる。

でも、この十日間で見違えるほど変わってくれた。

それが、何より、何より、嬉しかった。

俺を、教師にしてくれてありがとう。

 

 

 

 

kenken726は…

(とりあえずもう一回みよか。)

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