血って鉄の味がすんだぜ

【感想・解説】実写版、アニメ版『アラジン』 改変されたジャスミンとジーニーのキャラクター属性について Twitter寸評

 

f:id:kenken726:20190716072751j:plain

©2018 Disney Enterprises, Inc.

 

先日たまたま知人からチケットをもらうことになったので、実写版アラジンを鑑賞してきた。

チケットがなければ見に行こうとは思っていなかったのだが、結果的に見に行ってよかった。

ちなみにめちゃくちゃ面白かった。

ディズニーの実写としてもそうだし、ミュージカルものとしても高い完成度だったと思う。(ロマンス色は弱めだったけど。)

感想に関してはおおよそTwitterで書いてしまったので、まとめるような形で寸評を記したい。

ちなみに後半は、先日金ローで放送されていたアニメ版も鑑賞したので、その感想も含む。

kenken726:ネタバレもあるので未鑑賞のかたはそっとスマホをしまってください。

 

 

 

【スポンサーリンク】

1.実写版感想

 

2.実写版ネタバレあり感想

f:id:kenken726:20190716083424j:plain

©2018 Disney Enterprises, Inc.

あと冒頭から語り部として「ウィル・スミス出てるやん」ってなったけど、最終的にランプから開放されて魔神ではなく、人間として自分の昔の話を子どもたちにしていたというオチはキレイで好きだった。 

ここは良い改変のひとつ。後述するが、ジーニーにランプから開放されるという願いだけでなく、人間としての幸せも願っているという属性を付与することで、アラジンとオーバーラップする。これは物語において重要な要素となっている。

説明おやじ:オーバーラップとは映画で、一つの画面が消えないうちに次の画面を薄く映し出し、次第にその画面を濃くして行く技法、二重写しのことじゃ。転じて一般に、一部分が重なり合うことを意味しておる。

あと「ジャファーの顔優しすぎ」という情報は概ね正しかったけど、ちょっと魔術を使える人間→ちょっと魔術を使える国王もどき→魔神と劇的ビフォーアフターするので、顔のことはどうでもよかった。 #アラジン

アニメ版ジャファーと比べるとたしかに。ただ、ジャファーの顔面はそこまで物語に影響ないので◯。ジャファーが連れているオウムのイアーゴもそうだし、アラジンが連れている猿のアブーも実写だとがっつり動物なので、そっちのほうが気になった。

 

3.アニメ版ネタバレあり感想

f:id:kenken726:20190716083501j:plain

©2018 Disney Enterprises, Inc.

実写版には頭から登場してる侍女のダリヤはアニメ版にいないのね。

これも後述しているが、ダリヤの存在は間違いなく、ジーニーが人間としての幸せを願っている、という属性を付与するため。ランプから開放され、世界を旅するという願いはアニメ版でも語っていたが、そこにダリヤという女性と結ばれることを付け加えたのは、やはりアラジンとのオーバーラップを狙ったものなのだろう。そこを上手くまとめるために、ダリヤと結ばれる→子供がふたり生まれる→その子供たちにジーニーが昔話として自分がランプから開放されるまでの物語をする、という構図をとったのかと。

アニメ版だとジャスミンが砂時計に閉じ込められるシーンがあるけど、実写版だと浮遊魔法みたいな感じになってるのは、監督の好みなのかな。 #アラジン #ジャスミン #アニメ版

これはあとからわかったが、雪山から戻ったアラジンがランプを奪い取る為にジャファーの注意をそらすシーンで、ジャスミンがジャファーを女性的な身体的特徴を使って誘惑し、キスするシーンをまるまるカットするためだったのだ。

アニメ版が公開されたのは1992年だから、今とジェンダー感も違うし、男尊女卑の風潮が今よりもかなり強かったはず。だから、ジャスミンのキャラクターにもそれが投影されていたけど、今の時代にジャファーを誘惑し、キスするシーンはいらない、という判断だったのかと。監督の好みじゃない。しっかりと考えられた現代とフィットする形。

アニメ版では終盤でジーニーがジャスミンのことを「こんな女性は100万年経っても出会えない。俺だって探したんだ。」ってセリフがあったけどさ #アラジン #ジャスミン #アニメ版

実写版ではこのセリフから侍女のダリヤを登場させて、ジーニーと結ばれるストーリーにまで膨らませたのかな。だとしたらアニメ版への尊敬がよくわかる。 セリフひとつまで拾ってるんだから。
アニメ版でもアラジンは貧困からの脱出/自由と愛する人と結ばれることを願っているけど、実写版でダリヤが登場したことによって、ジーニーにランプから開放される自由に加えて、愛する人と結ばれることを願うというキャラクター性をもたせた。これによって、アラジンとジーニーが形は違うけど、同じ願いを持っていることになるし、そうなれば最初から仲良しなのも納得できる。ジーニーが最後人間になるのは、びっくり設定だけど、上手く改変されてると思う。

これは先述した部分。アラジンとジーニーが仲良しだった理由は元々、自分の欲望や利益のためだけにランプをこすったのではない、という設定だったけど、そこに加えて、同じ願いをもつ同士、という設定を加えることで、主従関係ではなく、友人として描くことができている。

 

4.改変されたジャスミンのキャラクター属性について

f:id:kenken726:20190716083531j:plain

©2018 Disney Enterprises, Inc.

さて、上記のツイートでもジャファーとのキスシーンについて触れたが、ここ以外にもジャスミン像が大きく改変されていることについて書いてみようと思う。

 

まずアニメ版ジャスミンと実写版ジャスミンのキャラクター属性を比較してみる。

  • アニメ版…勝ち気で身体能力も高く、思い切った行動をとる女性。結ばれる相手との真実の愛を求めており、囚われの城からの開放を願っている
  • 実写版…勝ち気だが、思い切った行動はとれない女性。囚われの城からの開放を願っているが、結ばれる相手との真実の愛ではなく、自分自身が国王となり、国と国民を守っていきたいと願っている

箇条書きにした段階で既にちがう。大きな違いとしては、2つ。

まず1つ目は思い切った行動をとることが出来るか否か。象徴的なシーンは冒頭、市場で商人から逃げるシーンで棒高跳びの要領で隣の建物へ移動するところだ。アニメ版では先に飛び移ったアラジンが親切心から板を横渡しにし、橋架けるがジャスミンはその橋を使わず、アラジンと同じく棒高跳びの要領で軽々飛び移ってくる。

対して実写版では、建物の距離から飛び移ることをためらい、アラジンから「僕を信じろ」という声かけがあって決心する。

ちょっとしたシーンだが、アニメ版においてジャスミンのキャラクターを印象づける重要なシーンであり、当時の“強い女性=勝ち気で身体能力が高い”という偏った価値観も見える。(当時はそれが普通とされていたのだと思うが)

2つ目はジャスミンが自国アグラバーに対してどう考えているか。アニメ版では、明言されていないものの“ふさわしい王子を見つけることがアグラバーのためになる”というような雰囲気が全編通してある。対して実写版でははっきりと「自らが国王となって国と国民を守りたい。そのために学んできたし、その資格がある。」と言っている。したがって、自分よりも優秀な、あるいは同等の能力をもつ王子でなければ、そもそもロマンス展開にもならない、というのは当然である。この改変は現代における女性の社会進出を表したものであることは、いうまでもないと思う。

そして現代でもそうであるように、こうしたジャスミンの思想を作中の国王やジャファー、衛兵たち、国民にいたるまで「そんなの無理でしょ、女は美しければいいよ」というような雰囲気をうっすらと漂わせている。女性の経営者なども過去と比較すれば増えてきてはいるが、未だに医学部の合格者割合や国会議員の男女比(これは日本における話だが)など、数字として男性が優遇されている風潮は色濃く残っている。そこに一石を投じる意味合いは恐らくないと思うが、現代に生きる私たちが無意識下で持ってしまっている“女性の開放、女性の社会進出”という部分をジャスミンというキャラクター属性に投影した結果なのだと思う。

物語の最後、アニメ版では国王が法律を変え、アラジンを国王として迎え、結ばれるという結末だったが、実写版ではジャスミンが国王となり、自分で法律を変え、アラジンと結ばれるという結末に改変されている。全編通して“女性の開放、女性の社会進出”を強く打ち出したキャラクターだった。

実写版で新たに加えられた『Speechless』も上記のテーマに沿った象徴的な楽曲だった。ジャスミンを演じているナオミ・スコットの歌唱力も含めて。


Naomi Scott - Speechless (Full) (From "Aladdin"/Official Video)

 

 

5.まとめ

f:id:kenken726:20190716083619j:plain

©2018 Disney Enterprises, Inc.

今回は実写版、アニメ版『アラジン』を比較し、ジーニーとジャスミンのキャラクター属性を中心に感想、解説を書いてみた。

昔のディズニー作品は未見のものが多いが、名作と言われる理由は十二分に感じたし、こうした作品を後世にもぜひ残していきたいと思った。

普段アクション作品を中心に制作しているガイ・リッチーが監督する作品ということで、どんな形に変わっていくか楽しみにしていたが、結果として残す部分は残し、変えるところは変える、いいバランスだったと思う。(バレットタイムや逃走シーンのカメラワークなど、ガイ・リッチーらしさは健在だったし)

実写版、アニメ版いずれも歌のシーンが多いが、アニメのキャラクターではなく、人が歌って踊るのはミュージカル色がより強まることに繋がっていた点も個人的には評価が高かった。

 

kenken726は…

定期的に見たくなるかもしれないレベルの傑作。