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【ふと思ったこと日記】迷わず行けよ行けば分かるさ

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ふと思ったので書き留めておく

普段から自分がブログを書いたりするからか、ニュースアプリだけでなく、純粋なブログを徘徊したりもしている。
そこで感じるのが、「数値やグラフ、表などに基づいた記事が多い」という至極当たり前のことだ。
私の中に「ブログ」に対して、どこか「個人の思ったことを好きなように」だったり、「なんとなく」というようなイメージがある。
それに対して現実は完全にその逆を行っている。
よくよく考えてみれば、私自身も既にそういった経験はしている
 
・商品紹介は結局、使った人のレビューでなければ意味がないこと
・ふわふわした内容では読んでもらえないこと
・自分がかけた時間と評価は常に一致するわけではないこと
 
こんなところだ。
その経験を踏まえると、「最近の傾向としてブログが論理的な根拠に基づいたものが増えている」のではなく、「ブログは大昔からそういったものも含んでいた」と考えるのが自然だ。
 

ここで

別の話題についても考えてみる。
例えば仕事。上司がいて、自分がいて、後輩がいて。そこにはどのポジションであっても責任は発生するし、その責任に金銭が発生していると言ってもいいだろう。そして、肉体労働から頭脳労働にシフトしていくにつれ、根拠の重要性であったり、事実と意見を分けて述べる必要であったりを随所で考えなければならなくなってくる。
 
詰まる所、ブログだろうが、会社だろうが「論理的に捉え」かつ「根拠ありき」でなければ、評価も得られないし、給与も得られず、PVだって伸びないのである。
 
これを踏まえた上で、ようやく1つの分岐点が来る。
それは「やるか」「やらないか」である。
結局、ここまでたらたら書いてきたことは、まともな頭の人間で、社会に出れば、あるいはその前から分かりきっている当たり前のことだ。
それでもなぜ大ヒットする映画とそうでないもの、低所得者高所得者が生まれるのか、これは「やるか」「やらないか」による差が大きいように思う。
そこからの伸びも結局それまでにその人物が「やってきた」ことの積み重ねによる知識やセンス、人脈、技術だったりするだけで、ナチュラルボーンであれもこれも持っている人は実のところ少ないのではないかと思う。
スパイダーマンだって頭脳明晰な学生がスーパーなスパイダーに噛まれ、突然変異したからこそ、あんなに面白い作品となっている。あれがなんでもないホームレスだったら?誰も見向きもしないだろう。そもそも力を使おうとしないかもしれないし、私利私欲に走る可能性だってある。
脱線ついでにこの「主人公に選ばれてしまう人物像」について少し書くと、多くの場合、「力を得た場合、好転する人物」か「これ以上ないような辛い経験をしている(=善いことをしようと努める)」である。あるいはその両方。ピーター・パーカーならベンおじさんが亡くなってるし、ブルース・ウェインなら両親が亡くなっている。字面だけなら大したことないかもしれないが、問題はそれを当の本人たちがどう受け止めるかなので、彼らにとってこれ以上辛いことはないのではないかと思う。
 

と、

あれこれ書いてきたが、最終的に何を言いたかったかというと「自分がやったことでしか、自分は成功しないし、幸せになれない」ということだ。小さなところなら、分からないことにぶつかれば、質問して解決すればいいし、ブログでPVを伸ばしたいなら、あらゆるブログに関する本を読み、PVを伸ばしているブログのマネから始めてみればいい。彼女が欲しいと喚く暇があれば、ナンパでも街コンでもクラブでも行けよ、ということである。口ではなく手を、体を動かして行動するしかないということである。これができる人にしか自分の望むものは手に入らないということにいい加減気付いたのは、ここ最近の変化かもしれない。
 
うむ、なんか今になって「大人」が近づいてきている気がするな…
 
一言だけ言うなら、この記事は宗教的な何かではないので、今後も是非とも宜しく頼みたい。
 
 
 
 

 

kenken726は…

(今年もあと3ヶ月。みんなすぐ年取っちゃうよ!)

 

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