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星野源のあのどこか憎めない感はどこから来るのか

日常

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今、星野源の著書「蘇える変態」を読み進めている中で、ふと思った。
 
星野源あのどこか憎めない感はどこから来るのか、と。
 
ちなみに「蘇る」でも「甦る」でも「黄泉帰る」でもなく、「蘇える」なんすよね。
さて、星野源は、綾野剛に代表される塩顔イケメンがもてはやされた頃から、少しずつメディアへの露出が増えたように記憶している。
あのなんとも言えない、甘いとも辛いとも言えない顔はまさしく塩顔なんだろうが、正直言って顔で世間から注目を得るほどではないと勝手に思っている。それはまったくもって問題ではないし、むしろ好感が持てる要素の1つである。
ところで彼はその演技で、その声で、その曲で世間を魅了している。それでいて嫌味な感じがない。いつ見てもテレビの中で、ラジオの中で、彼はそう、楽しそうなのである。私達が芸能人を見るように、アーティストのライブに行くように、彼は芸能人達との交流を楽しんでいるように見える。これは簡単なようで、凄いことだと思っている。私たちにとっての芸能人と同じように、彼も芸能人を芸能人として見ているように思う。(言葉遊びみたいだな)
なんというかミーハーなのだ、彼は。(個人の見解だが)変に媚びたり、驕ったりせず、楽しんでしまう。演ることも、歌うこともきっと楽しくてしょうがないのだろう。少なくとも私にはそう見える。見ず知らずの24歳にこんな風に思われているとは思いもしないだろうが、私は彼をとても近しい友達のように思う。(あくまで思うだけだ、実際は遠い。)
 
 
さて、彼の著書「蘇える変態」に話を戻そう。
まず読んでいて最初に感じたのは、「案外普通やん」である。なんというか普通なのだ。その辺の人が書いているようなというか、誰かの日記を見ているような感じなのだ。演技に、歌に、本にと才能の塊のようなイメージを持っていたが、著書はというと意外に普通。勿論、すごく読みやすいし、ぐいぐい読み進められるという意味では「人に読ませる文章」なのかもしれない。書きたいことを書いてる感もすごくて、背景は分からないが、そのときそのときの感情も一緒に読んでいるような気分である。星野源と言えば、エロだが、それに関する章もあって、やはり思い入れは強いようだった。笑
幼少期から鳴かず飛ばずの下積み時代の話まで少しではあるが触れていて、星野源がいかに作られ、今に至っているのかも垣間見ることができる。これは単純に私が知らなかっただけだが、今で言うところの「サブカル」に分類される本や音楽に囲まれながら育ったのだそうだ。(本人はサブカルという言葉を敢えて使わず、ポップカルチャーというそうだ)情熱大陸とかA-studioなんでも育ちに関しては触れらることが多いが、やはり本人の文章だとまた違うように思う。いいやつだな、星野源
 
 
当たり前だが、芸能人も多くは私達と同じようにテレビを見、本を読み、ネットサーフィンを楽しんでいるはずだ。だが、多くの芸能人はそれを表に出さない。タレントとしてのイメージやそういった話を出さないことで、「一般人と違うんだ」という印象を植え付ける狙いなのかもしれないが、これをする理由には2つのパターンがあると思う。1つは、先にも言った「一般人との差別化」である。これによって一般人は芸能人をある種、崇拝するような気持で見ることができるようになる。「私達とこんなにも違うなんてすごい!」皆、そう思いたいのである。そして2つ目は、「本当に一般人と違う生活をしている」パターンだ。これは全体から見れば少数派かも知れないが、幼い頃から芸能界にいることで、一般人が普通に経験してきたであろう出来事、経験をスキップして大人になり、そのまま今にいたっているパターン。この場合、本当にしたことがない、見たことがないので嘘をつかなくて良い、という点で前者よりも番組などで取り上げられた時に楽かもしれない。
 
 
では、星野源はどうか。まったくの別路線をいっている。彼は私達と同じように好きな本を読み、好きな音楽を聞き、食べたいものを食べ、好きな芸人がいれば応援し、ファンレターを送ったりもする。そしてそれをおおっぴろげにテレビで、ラジオで話してしまうのである。これは異端だ。一般人と差別化を図ることで人気を得ようとし、注目されようとする人が多い芸能界で、星野源はまったくそんなことを気にもせず、私達と同じ側にいるように振る舞う。実際、映画に主演し、自身が作った曲で紅白に出るようになるまでには相当時間がかかったようだし、それまでの期間、ずっと芸能人らしい(ここでいう”らしい”は先に言った一般的な行動や経験がないことを指す)状態で過ごすというのは無理な話である。つまり彼の話や経験談はすべて本当のことだろうと思うし、だからこそ大きな番組、有名芸能人にあった際に、あのリアクションが本心から出てしまうのだろう。親近感というやつだ。いいやつだな、星野源
 
 
少し話がそれるが、今話題のベッキーも個人的には同じ部類だった芸能人の1人だ。というのも、彼女は元々、筋金入りのテレビっ子だったらしく、基本的にテレビは朝から晩まですべて録画し、チェック。その上で気に入った番組などがあればテープが擦り切れるまで見ていたそうだ。そして極めつけは愛読書であるタレント名鑑。これを持って、事ある毎にテレビ局に向かい、見ることができたタレントをチェックすることが何よりの楽しみだったそう。(聞いた話なので信憑性はなんとも)そのため、自分がテレビに出るようになってからも共演者には丁寧な挨拶など、常に敬意を持った対応を心がけていた。テレビに出るようになり、テレビで彼女を見ない日がなくなった今日まで、ここまでの好感度をキープし、仕事を増やし続けることができたのはこうした過去があったこと、そして努力の賜物だろう。星野源と同じ部類だった、と先に述べたのは、こうした「一般人だった頃がある」というエピソードからくるものであり、世間からの好感度が高く、騒動の最中でも、どこか憎めないからである。
 
 
あれこれと書いてきたが、冒頭に提起した
 
星野源のあのどこか憎めない感はどこから来るのか
 
について少しでもご理解頂けただろうか。
一度病に冒され床に伏した彼だが、地獄から戻ってきたが如く、今後も益々活躍してほしいものである。
 
  
蘇える変態
by カエレバ

 

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